こんにちは。お久しぶりです。共栄の元鉄研会長です。
學進会の最後の宿題が遅くなって申し訳ございませんでした。おかげざまで、大学の入学式も終わり、講義も始まりました。住まいは父親の実家の応接間を改造し、祖父と祖母の三人でとても快適な生活を送っています。大学までは自転車で通える距離で、食事は大学の食堂を使っています。
學進会の先生方には、本当にお世話になりました。振り返れば…中学生の時に同じクラスの人についていき、入塾しました。でも、最終電車で夜遅くなることや、宿題が多いこともあって學進会を辞めてしまいました。
その後も色々と塾に行きましたが、どれも続かず、結局…学校に行くのも止めました。
通信制に変わることが決まったとき、時間がたくさんできるので、大阪の予備校へ通うことを考えましたが…ふと、學進会のことが頭に浮かんできて、ダメ元で學進会に電話しました。そうしたら、快く引き受けて下さり、今思えば本当に有難かったです。
塾頭に提示された授業は全部とりました。火曜日は3コマあって、本当にしんどかったです。今、大学では毎週火曜日に朝から晩まで90分×5コマの講義がありますが、感覚的には學進会の方がとても疲れるし、頭も使いました。σ(^◇^;)
學進会は課題も多くて、5月ぐらいまでは計画的にやっていましたしたが、途中からは塾に行く電車の中で終わらせることもありました。夏休みは通信制の授業もあって、本当に大変でしんどかったです。それでもできるだけ塾を休まないようにしました。
センター試験は、当然学校の対策も無く、自分でもあまり対策できなかったです。精神的にもセンター過去問をやる気が起きませんでした。
結局センター試験の結果は、一日目の日本史で直前に見ていた分野が当たったりしてまあまあできましたが、二日目最初の化学で、計算しても選択肢に答えが無い問題ばかりで、ほとんど諦めました。(T^T)
私立は関学を落ちて、昔から第二志望だった岡山大学を何とか受けたくて、センター試験の悪すぎる自己採点の紙をどこでもいいと開き直って、白紙の状態で塾頭に見せて相談しました。
塾頭は、僕の意を汲んで、僕が受けた学科とは違う別の学科が岡山大学の中では一番可能性があると、教えて下さいました。ですが、そこでもD判定でした。僕はもうほとんど浪人を考えていたので、塾頭にもらったリストとにらめっこしながら…堂々と自分の行きたかった学科を選びました。
塾頭に「そこなら二次試験で一番をとるくらいじゃないと受からない。限りなく×に近い▲になる覚悟だぞ」と言われ、センター試験の判定がEでありながらも結局その学科を受けることを伝えました。
その後は、自分が問題を解けることだけをイメージして、二次試験前日は特に勉強しました。
また、塾で教えていただいたアドバイスで、ホテルの風呂にお湯を張った状態で寝ました。部屋は暑かったですが、試験当日は万全の体調で試験を受けることができました。
二次試験終了後の解答速報を見て、「無理だ…」と思って浪人を確信しましたが、結局受かっていました。間違いなく學進会のおかげだと思っています。
學進会に通っていて、やっていてよかったと思ったことは、『先生が授業中に言われることを(雑談も含め)授業ノートに書いておき、それらを紙にマトメていつでも見られるようにしていたこと』塾頭がおっしゃった数学のポイントを1つの薄い数学の参考書に書き込んでいたことです。
最後になりますが、中学のときと高校の一年間、本当にありがとうございました。メチャクチャ感謝しています。
學進会が人生を変えてくれました。
本当に、本当にありがとうございました。